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北海道移住を決めた理由2022。十勝に地方移住した人たち(前編)
移住の豆知識
公開日:2022年12月26日

北海道移住を決めた理由2022。十勝に地方移住した人たち(前編)

田舎暮らしと地方移住がトレンドキーワードだった2022年。ノベルズウェーヴでは北海道移住、中でも十勝に移り住んだ人たちをたくさん紹介してきました。なぜ北海道十勝に移住したのか?現在は何をしているのか?インタビューした方々を一挙ご紹介していきます。今週は5人の移住者たちです。

目次

北海道十勝へ移住。NHKのキャスターから転身。松野 莉奈さんの場合

ノベルズウェーヴで最初にインタビューしたのが、フリーアナウンサーとして頑張る松野莉奈さんでした。松野さんは、平成29年3月に初めて十勝に足を踏み入れました。北海道という地に訪れたのもそれが初めてでした。

きっかけは、NHK帯広放送局にキャスターとして内定したことです。松野さん曰く「アナウンサーという職業は、6歳の頃からの夢であり目標だったので叶えるべくして、これまでご縁もゆかりもなかった北海道十勝にたった1人で飛び込みました」とゼロからの北海道移住について語ります。

現在(2022年1月当時)はNHKを退職し、フリーアナウンサーとしてT Vやラジオのメディア出演はもちろんのこと、企業のプロモーションビデオのナレーションやイベントMC、ポートレートのモデルなどをしています。また、講師として十勝の魅力を発信する講演会やワークショップなども行っています。

さらに、2021年からは帯広市から十勝を全国に発信する「とかち青空レディ」に任命され、イベント出演や物産展などに参加するなど活躍の場を広げています。

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北海道十勝へ移住。新潟からアフリカを経て十勝でカフェを経営。坂井 友子さんの場合

「自然豊かな田舎暮らしのなかで、陶芸教室を兼ねたカフェを開くのが夢だったんです」と明るく話してくれた坂井さんは、新潟県出身で、その後、長野県、鹿児島県の離島、アフリカを経て北海道へ移住した強者です。

「あちこちで暮らした中で、一番印象に残ったのが日本の四季折々の素晴らしさでした。冬は寒いけれど、四季がハッキリとしていて、食べ物も美味しくて、食料自給率の高い北海道・十勝が、私の夢を叶える場所にふさわしいのではないかと考えて、思い切って2001年に北海道を目指しました」と振り返ってくれました。

その自分らしいカフェというのが、坂井さんの十勝のオススメスポットとしてご紹介いただいた森Cafe 『TomonoCafe』ですか?

北海道へ移住して18年。その間に十勝陸別町で6年間カフェを営んだあと、「新しいチャレンジとして森の中でぽつんと佇むカフェをやりたいな」とジャングルのような森の中の可愛い一軒家が2021年1月にオープンした森Cafe 『TomonoCafe』でした。

田舎暮らしに憧れて…仕事も趣味も!輝く女性にインタビュー WE LOVE TOKACHI! ②

北海道十勝へ移住。高校時代に北海道と出会い「いつかは住みたい」と移住した長谷川彩さんの場合

「私の場合は、田舎暮らしに憧れていたわけではなく、ただただ北海道に住みたかったんです」と「住みたい」を実現させた長谷川さん。

高校生のときに訪れた北海道で「いつかは住みたい」と思いながら京都の大学へ進学。思いは強まるばかり、けれど就職活動で北海道の企業を数社エントリーするも決まらず、いったんは東京で就職したそうです。

ところが、新卒で入った会社は長く続かず、1年で退職し、その年の夏に富良野のラベンダー畑で夏季のみの住み込みのアルバイトを経験。半年ほどの滞在で「やっぱり北海道に住みたい」と決意を新たにしましたが「社会人になって2年目(当時)の私には何もスキルがなく、働き口が限られていると諦めました」といったんは地元(横浜)へ。

その後、「今までやってきた本に関することをやりながら土地に根ざして仕事ができそうだ」と十勝大樹町の地域おこし協力隊に応募することで、2020年に北海道大樹町へ移住。

2020年9月の着任後は、大樹高校図書室で司書代わりを務めたり、大樹町内の公共施設に小さなライブラリーをつくる「大樹町まちなかライブラリー」を制作。現在(2022年2月)は「宇宙のまち大樹町note」の企画・編集・執筆を務め、町の情報発信にも取り組んでいます。

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北海道十勝へ移住。1枚の写真がきっかけで十勝の風景写真家となった岩崎量示さんの場合

「あと2、3年で崩壊する」。写真家の岩崎量示さんがタウシュベツ橋梁の写真を追い続けるようになったのは、この言葉がきっかけでした。

岩崎さんは埼玉県出身の42歳。東京の有名私立大学に入学し、「将来は普通のサラリーマンになるものだと思っていました」と照れくさそうに話します。母親の実家が北海道の室蘭市で、幼いころから家族で何度か訪れており「北海道はまるっきり無縁だったわけではなく、気候や風土については、何となく感じ取っていた」そうです。

「大学を卒業しましたが、就職は決まっておらず、学生時代から一人旅で訪れていた北海道にしばらく暮らしてみたくなり、2002年の夏には上士幌町糠平のユースホステルで3カ月間、住み込みでアルバイトをしました。一口に北海道といっても広く、さまざまな景観が広がっているんです。本州の感覚では北海道の中で北海道らしいのは北部と東部ですから」と自らの視点を説明します。

岩崎さんはこれまでに写真集を7冊発刊。エアドゥやANAの機内誌にも写真が掲載されたほか、2013年の東京を皮切りに、札幌、大阪の富士フイルムフォトサロンで写真展を開催し、十勝の魅力、タウシュベツ橋梁を全国に発信しました。富士フイルムフォトサロンはクオリティの高い厳選された写真家の作品を展示するギャラリーで、個展をやりたくても、そう簡単にはできるものではありません。訪れる人もまばらだったタウシュベツ橋梁は、岩崎さんの写真によって、プロ・アマ問わず、多くの写真家の格好の被写体となり、さらには上士幌町の貴重な観光資源となったのです。

田舎暮らしは、ここでしかできない体験にあふれている。人の少ない十勝に不便さはない~写真家・岩崎量示さん

北海道十勝へ移住。憧れのナレーターを経て起業家となった八所かおりさんの場合

『情熱大陸』でお馴染みのナレーター窪田等さんに憧れて入ったナレーターへの道。苦労をしながらも着実に確実にプロとしての経験を積んできた八所さんでしたが、大阪と東京で順風満帆な都会生活を捨てて北海道へ移住します。

「北海道には何度か足を運んでいましたが、札幌や小樽、富良野や美瑛といった、メジャーな場所ばかりでした。ところが、ある方から『道東もいいよ』と聞いたことをきっかけに、釧路湿原を目指したんです。そこで出会った親切丁寧なガイドさんのおかげで道東が好きになり、2015年に念願の北海道に移住しました」(八所さん)

ところが、移住先は同じ北海道でも道東ではなく、三笠市でした。

「東京の移住相談員には『十勝が良い』と伝えましたが、『テレビやラジオなどで喋る仕事もあるので、八所さんに合うんじゃないか』ということで、三笠市を勧められました。そんなわけで、十勝ではありませんが、晴れて北海道へ移住を果たしました」(八所さん)

そして2年が経った頃に舞い込んできたのが「十勝の芽室町で募集しているよ」という友人からの情報でした。すぐに連絡をとると芽室町の担当者の誠実さに惹かれ、道東十勝へ移住を果たします。

芽室町への移住は2018年5月です。

その後は、地域おこし協力隊として活躍。ナレーターとしての強みも活き、地元FMラジオのパーソナリティーを務めるなど活躍の場が広がっていきます。

転機は芽室町長からの何気ない「起業したらどうだろう」の一言からでした。定住を希望していた八所さんにとって、一筋の光が見えた瞬間だったのでしょう。
2021年「NPO法人 Qucurcus(ククルクス)を設立。ご本人曰く「シティプロモーションから、移住・定住促進、体験型観光・物販事業などなど、芽室町の魅力を全国に広めて、人口増に繋げる、あるいは関係人口を増やして、経済を発展させるためならなんでも屋です」。

田舎暮らしで仕事の不安はなかった。50代女性移住の本音を聞く

いかがでしたでしょうか。北海道移住者の数だけ物語がありましたね。次週は、家族で北海道移住を決めて、十勝で頑張る人たちをご紹介いたします。

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