田舎暮らしに身を置きながら、北海道十勝の自然を、風土を糧に書く、書家・八重柏冬雷
日本有数の農業地帯で国内の代表的な食糧基地の一つ、十勝。
その中心に位置する帯広市の西側に、農業が中心産業の芽室町があります。帯広市の市街地から車で30分の場所にアトリエを構えて活動している書家の八重柏冬雷(とうらい)さんを訪ねました。
原風景を求めて、田舎へ
「私は高校の書道教師として38年間勤務していましたが、2015年に定年を迎えたことを機に、書きたいときに筆が持てる作業場のある家を探し、帯広を離れてここに移りました」。
十勝に生まれ育った八重柏さんにとって、十勝の風景こそが自分の原風景であり、作品制作の源だと語ります。芽室町の自宅から南へ車で20分ほど走ると、町の観光スポットの一つである新嵐山スカイパークに到着します。同パークは冬季間はスキー場として運営され、夏場は展望台からの美しい眺めが人気を集めています。
十勝平野を360度のパノラマで臨める風景は雄大そのもので、カラ松の防風林に区切られた畑はパッチワークのようです。さらに西に連なる日高山脈や北の大雪・十勝岳連峰は「これぞ北海道」といった風景です。このような環境が身近にあることこそ、八重柏さんが田舎に居を移した大きな理由なのかもしれません。
書の道は恩師の一言から
「私の父は中学校の教員で国語と書写を教えていました。でも私に一度も書道を強要したことはなかったですね」。
地元の帯広柏葉高校に進学し、将来は数学の教師を目指していた八重柏さんは、理数科の勉強が中心で、書道は選択科目として選んだ授業だけ。3年生になり、職員室で進路指導を受けていた八重柏さんの横を、1年生の時の担任であり、選択科目の書道の教員でもあった長沼透石さんがふいに通りかかり「書道という選択もあるぞ」とつぶやいたそうです。
この一言をきっかけに、八重柏さんは新潟大学教育学部書道科への進学を決め、本格的に書道を学び始めます。「あの時の長沼先生の一言が、私の人生を大きく変えてくれたと思います。そう考えると人生は人との出会いと縁で作られていくのだと思います。不思議でもあり、面白いものですね」。
師から受け継ぐ書道の振興
長沼透石(1932~2015)は、日本近代書道の父と言われる比田井天来(ひだいてんらい)の四天王の一人である上田桑鳩(そうきゅう)の弟子であり、桑鳩が創立した前衛書団体である奎星(けいせい)会同人で、毎日書道展の審査会員でもありました。高校の書道教師として多くの書道家を育てたほか、自らも書家として活動し、奈良東大寺昭代納経推薦作家として華厳経の執筆にも関わりました。
高校教師として十勝に戻った八重柏さんは、透石の秘蔵っ子の一人として、地元での書道文化の振興はもとより、北海道や全国へ活動の場を広げていきました。現在は毎日書道展審査会員や奎星会同人等の活動をはじめ、十勝では奎星会おびひろ代表や書道講座「書楽」を主宰して、精力的に後進の指導にもあたっています。
新蔵の日本酒ラベルを揮毫
2020年。八重柏さんに新しい活動の話が舞い込みます。それは40年ぶりに十勝で復活した日本酒蔵「碧雲蔵(へきうんぐら)」のラベルの揮毫依頼でした。「私の知人が、蔵元の社長から相談を受け、私を推薦してくれたようです。昔から酒のラベルを揮毫することは、書家にとって特別なことであり、とても名誉なことなのです」。
最盛期には15軒ほどあった十勝の日本酒蔵は、昭和の時代を最後に消えてしまいました。しかし、10年ほど前から十勝の日本酒復活を目指して有志によるプロジェクトが始動していましたが、地元の蔵での酒作りには至っていませんでした。
そのなかで、2020年4月に帯広畜産大学のキャンパス内に「上川大雪酒造」(旭川)が碧雲蔵を竣工し、この年の秋から新酒の仕込みが始まりました。大学のキャンパス内に建設される酒蔵は日本で初めてのことであり、大学と連携した日本酒づくりは、次世代の人材育成の場にもなっています。
十勝の風土を書作品に
日本酒は良質の酒米と水によって味が大きく変わると言われています。特に仕込み水は日本酒の味わいの大きな要素です。2020年11月に十勝管内限定で発売された新酒のラベルは、世界で唯一の帯広市で開催されている「ばんえい競馬」の主役である「ばん馬」をイメージして書かれました。ここで使用されたのが、この作品のために八重柏さんが特注した「ばん馬」の尻尾の毛を使用した筆。その後も商品ごとに十勝の防風林や耕地などをイメージした八重柏さんの作品がデザインとして使用されています。
「東京在住の蔵元専属デザイナーとのやり取りは貴重な経験であり、勉強になりました。造形的なことばかりではなく、ラベルに使用する紙質など細部まで妥協を許さない仕事振りには頭が下がりました」。
北の大地から作品を発信
八重柏さんの今後の活動について聞いてみました。
「今、時代は大きく変化していて、活動をする上では中央と地方の格差はないと思っています。書道界でも以前は地方の作家が所属団体の中枢で活躍する機会は少なく、志ある人は中央に居を移すことがありました。実は今年、私が所属する毎日書道会から当番審査員を推薦するなど、展覧会運営にあたる運営委員に指名されました。このような依頼は地方在住ではあまり事例のないことですが、今の時代だからこそ可能なのだと考えています。
書の作品で風土を表すことは非常に難しいことではありますが、私が取り組む前衛書は表現しやすいほうだとは思います。しかし、どの分野でも表現者は地域の豊かな自然に触れ、自らの感性を磨いていくことが大切です。そのことが、作品の風格や奥深さとして表現されるはずです。その上で、十勝に住んでいるからこそ書くことの出来る作品を、北の大地から発信し続けていきたいと思っています。
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